昭和にもあった「産後クライシス」?!
「産後クライシス」が社会現象化しています。
ママ同士の間で「今日の朝もダンナとやりあっちゃった。『産後クライシス』真っただなかよ!」「うちも。(夫にとって子育てが)ヒトゴトなのが頭にきちゃうのよね~」。
パパ同士の間でも「なんか最近、カミさん機嫌悪くてさ~」「それって、『産後クライシス』かもよ?!」子育て中のママやパパを中心に「産後クライシス」なる言葉がふつうに使われるようになってきています。
「産後クライシス」とは、「出産後、夫婦愛が急速に冷める現象」のことです(詳しくはコチラ<「産後クライシス」(1);出産後に冷える夫婦愛>)。
しかし、こうした傾向は、別に新しい現象というわけではなく、専業主婦が多数派を占めた昭和と共通する現象です。
しかしながら、当時はことさら問題にされることはありませんでした。
また、「産後クライシス」が原因で離婚する夫婦もいまほど多くはありませんでした。
むしろ、子どもをもつということはそういうものだ、恋や愛だと騒ぐ時代は終わり、それぞれ母親役割、父親役割に徹するべしと考えられていた節もあります。
なぜ今「産後クライシス」が注目されるのか?
なのに、なぜ今「産後クライシス」という夫婦問題が子育て世代に響いたのでしょうか。
ある現象に言葉が与えられ、そしてそれが問題視される。
その背景には必ず社会の変化があります。
「産後クライシス」の場合はどのような変化でしょうか。
『産後クライシス』を著した内田らは、次の3つの理由をあげています。
「産後クライシス」が注目されるようになった理由(1);女性が自由を獲得
まず1つ目は、女性がかつてないほどに自由を獲得したことです。
女性でも経済的に自立する条件が整ってきたことが一番影響しています。
また避妊(バースコントロール)の知識は浸透し、技術も向上しました。
子どもを産む産まない、産むとしたらどの時期に何人産むかなど自分たちで決められるようになり、二人がより幸せになるためのカップルの選択の問題になってきました。
内田らが取材を進めるなかで、産後クライシスを体験した女性から必ず聞かされる言葉がありました。
それは、「二人で一緒に育てるって言ったのに!」という言葉です。
「産むことは二人で決めたんだから、その後の育児・家事も二人で担うはず」と考えるのは当然です。
それなのに、実際に産んでみると、夫は相変わらず仕事にかまけて育児も家事もまともにしない。さらには子どもへの嫉妬からか、自分の世話を焼くことまで求めてくる。
これでは女性の心境としては「二階にあがってはしごを外された」気分。
「産め産め詐欺だ」 と思う女性がいるかもしれません。
これ以上こじらせると、離婚という「選択」が現実味を帯びてくる場合もあります。
「産後クライシス」が注目されるようになった理由(2);育児環境の変化
2つ目には、核家族化、少子化が進み、育児の孤立化が進んでいることがあげられます。
子育て環境の変化に関する大規模調査(※2)によると、23年間(1980年と2003年)の育児環境の変化は歴然です。
たとえば、「自分の子どもが産まれるまでに小さい子どもに食べさせたり、オムツを変えたりする育児を経験したことがない」母親の比率は13.5%アップ。
1980年には40.7%だったのに、2003年には54.5%と過半数を超えました。
また、子どもが生後4か月の時点で「近所に世間話をしたり、赤ちゃんの話をしたりする人がまったくいない」母親の比率は、16.5%アップ。
1980年には15.5%だったのに、2003年には32%と3人に1人。
上記のデータは育児の経験が浅く、周りに支援者もいない母親たちが増えてきていることを裏付けています。
現在はさらにこの頃より10年以上経っているので、育児の孤立状況は深刻さの度合いを増していると思われます。
平日に母親と子どもだけで密室のような育児になることは、古くは「密室育児」「疑似母子家庭」と呼ばれ、子育てではなく「孤育て」だとも言われてきました。
最近では、たった一人でやる育児という意味で「ワンオペ育児」なる新語も登場し、話題を集めています。
女性たちが育児家事を一人で担い、「このままではおかしくなる・・・」と追い詰められている現実があります。
「産後クライシス」が注目されるようになった理由(3);若い世代の男性の変化
3つ目には、若い世代の男性が変わってきていることがあげられます。
男性自身、「産後クライシス」を自分たちの問題と受け止めるようになってきているのです。
20代、30代男性と「産後クライシス」について話をすると、男のどういう行動がよくないのか、どうすれば「産後クライシス」は避けられるのかなどと真剣に質問してきます。
こうした男性の変化をみると、「仕事」に打ち込みさえすれば幸せになれた時代が終焉を迎えつつあることが感じられます。
収入だけに限ってみても、仕事によって得られる収入は「右肩下がり」。
30代の収入を1997年と2012年で比較すると、1997年に最も収入が多かった層は「500-600万円」でしたが、2012年になると「300-399万円」とピークが低収入側にシフト。
15年間で年収がなんと200万円も下がっています。
雇用の不安定化の問題も影を落としています。
たとえ大企業に就職できても生涯にわたって安定的に雇用が保証される時代ではなくなってきています。
こうした社会経済環境の変化をうけて、団塊ジュニアとかロスジェネとか言われる30代以下の世代は、「会社に尽くしても幸せになれるわけではない。家族か仕事かの選択のときには家族(あるいは個人の生活)を選びたい」と考える傾向が強まっています。
その分「子どもをもって家族を楽しむこと」の価値が相対的に高まってきているように思えます。
こうした水面下での男性の価値観の変化こそが、いま「産後クライシス」という言葉が受け入れられる大きな下地となっています。
そんな彼らにとって「産後クライシス」はなんとしても回避したいもの。
そんな育児世代の願いに応えるため、<「産後クライシス(4):いきなり爆発はNG!<妻向け対策法>」>、<「産後クライシス(5):妻に“産め産め詐欺だ”と言われないために<夫向け対策法>」>で妻と夫それぞれの回避法・対策法についてみていきましょう。
【参考文献】
内田明香・坪井健人 2013 産後クライシス ポプラ新書
原田正文 2006 子育ての変貌と次世代育成支援:兵庫レポートにみる子育て現場と子どもの虐待予防 名古屋大学出版会
<編集者のコメント>
子どもをもつことが結婚のゴールだった時代から、「二人で楽しい時間を過ごそう!」と子どもをもたずに夫婦二人で人生を楽しむという選択肢に違和感がなくなってきた、今日この頃。
ひと昔前は、「結婚し、子どもを産み育て、孫の顔をみる」ということが、何にも変えがたい幸せだったように思う。しかし、現代の若者はそれだけでは満足できないし、実際それだけでは幸せになれないことを肌で実感している。
結婚していても、産後クライシスなど出産に伴うリスクを考えれば、あえて産まないという選択肢を選ぶ若者が今後も増えていくことは間違いなしでしょうね。
こうした課題は、夫婦単位で乗り越えられるものではありません。社会構造、労働環境、さまざまな問題と強い関係があると思います。
一つには、“ワークライフバランスを考えない労働環境”。これは、産後クライシスを盛り立てているようなもの。「少子化だ!何とかせねば」と言っている暇があれば、労働環境の改善にもっと力を入れるべきかと思います。