「出産=幸せ」ではないの?!
「産後クライシス」という言葉を聞いたことがありますか?
いまや子育て世代を中心に話題となり、社会現象化しています。
「産後クライシス」とは、「産後2年以内に夫婦の愛情が急速に冷え込む状況」を言います。
第1子の出産・誕生を機に、それまで愛し合っていた夫婦関係にひびが入る。
相手に対してイライラしたり、嫌悪感を抱くこともあります。
この時期に生まれたすれ違いは夫婦の一生の愛情を左右し、離婚の原因にさえなりうる、そのような現象をさします。
実際、子どもが0~2歳の時に離婚した母子世帯の割合は離婚全体の35%にも及び、産後2年以内は、夫婦にとって危機的な時期があることがわかります(平成23年度全国母子世帯等調査「母子世帯になった時の末子の年齢階級別状況」)。
これまで出産というと、周囲からの祝福を受け「出産=幸せ」のイメージが強いものでした。
それが、必ずしも「幸せ」なことではなく、場合によっては夫婦仲を裂くきっかけにもなろうとは?!
こんな事実をご存じでしたか。
「出産」後の問題=「夫婦関係」の問題は新しい視点
もっともこれまでも出産後の問題はありました。
しかしそれらはもっぱら、これまで「マタニティーブルー」「産後うつ」「虐待」など、母と子の関係で語られてきました。
しかし、「産後クライシス」はその出産後の問題を「夫婦関係」の問題として取り上げた点で新しい視点です。
NHKでは、こうした現象に注目。
出産から子どもが2歳ぐらいまでの間に、夫婦の愛情が急速に冷え込むこの現象を「産後クライシス」と名付け、2012年9月5日にNHK総合テレビの朝の情報番組「あさイチ」で特集。大きな反響を呼びました。
「産後クライシス離婚」の実態
この記事では、この番組の元になった『産後クライシス』を参考に、「産後クライシス」の実態を詳しくみてみることにします。
まず、最初にインタヴュー調査に応じた浜野たか子さんの例をみてみましょう。
フルタイムで働きながら育児をするなかで疲れ切ってしまった貴子さん。
地域に知り合いもなく近所に相談できる人はいません。家のなかで子どもと二人きりの毎日。夫以外に頼れる人はいませんでした。
追い詰められた貴子さんは、とうとう夫に1つ頼みことをしました。
「今日は早く帰ってきて」
ごくごくシンプルですが、これまで口にしたたことはありませんでした。それだけ切実だったのです。
しかし、夫から返ってきたのは、「そんなこと、できるわけないだろ。わかってるだろう」
仕事熱心な夫にとって何気ない、他の言葉も思いつけないほど当たり前の返事だったのでしょう。
ところが、これが貴子さんに対しては取返しのつかない破壊力を発揮したといいます。
『私がこれだけ大変なのに夫は助けてくれない。夫はもともと私も子どもも愛していないし、必要としていないのでは』
そんな思いが沸き上がり、止めることができなくなりました。
夫と家族であり続けることに疑問を感じるようになったのです。・・・
その後も、子どもが熱を出しても、アトピーと診断されても、夫の「子どもより仕事」という態度は続きます。
「このまま夫といたら自分が壊れてしまう」と思いつめるまでになりした。
貴子さんは結局、実家に戻り、そのまま夫のもとに帰ることはありませんでした。
離婚が成立したのは、子どもが1歳半のときでした。
「離婚」じゃなくても「禍根」に
上記のケースのように離婚に至らなくても、この後遺症が夫婦関係に深い爪痕を残す場合も少なくありません。
東レ経営研究所の渥美由喜さん(「イクメン」の名づけ親)は、女性の愛情の配分が、ライフステージが変わるとどように変化するのかという「女性の愛情曲線」の調査をしています
<図3:女性の愛情曲線>p43
それによれば、点線で示されているように夫へ愛情は出産を期にガクッと下がり、その後は回復組と低迷組に二極化。
そして低迷組の実に7割が「いずれ離婚をしたいと思いますか」という質問に対し、「したい」と答えてといいます。
実際に離婚するかどうかは別ですが、渥美さんは「産後にしかけられた時限爆弾は思春期や介護で爆発する」と分析しています。
「仮面夫婦」を続けるワケ
具体的なケースをみてみましょう。
佐々木礼子さん(43歳)のケースです。
初めての子どもを授かった頃、夫は胎教のCDを買ってきたり、おなかに語り掛けたりと、おなかの赤ちゃんにメロメロ。
「きっと素敵なパパになるわ」礼子さんの期待は高まりました。
ところが、無事子どもが産まれ、病院から戻ってきた礼子さんを待っていたのは、「無関心な夫」でした。
間もなく、礼子さんに事件が起きました。
夜泣きが何日も続いたある晩のこと。
昼間も頻繁に授乳していますから、礼子さんはまとめて眠る時間がとれずくたくたです。
普段は子どもが泣いても起きない夫が珍しく目を覚ましたので「寝かしつけてくれるのかな?」と思ったその瞬間、夫の口から出たのは、「俺、明日早いんだけど」の一言でした。
夫はそのまま布団にもぐりこみ、背中を向けたといいます。
子どもが生後半年を過ぎる頃には、夫は以前のように飲んで帰ってくることが多くなりました。起きて夫の帰りを待っていた礼子さん、ある晩、深酔いした夫が口走った言葉が今も頭を離れません。
「本当はな、こんな子どもが泣いてばかりのしけた家なんかに帰ってきたくないだよ」
こうした「事件」の繰り返しで、夫への愛情は次第に冷めていきました。
「夫にもはや愛情のかけらもありません」と言い切る礼子さん。
それでも離婚はまったく考えていません。
ひとえに夫の経済力のためです。
「お金のためお金のため」と呟きながら日々の家事をこなし、がっちり財布を握って使いたいように遣う。それが礼子さん流の仮面夫婦を乗り切るコツだといいます。
夫婦とも産後に下がる愛情曲線、特に妻は急降下
最後に、ある研究所(ベネッセ)が行った追跡調査の結果をみてみましょう。
この調査では、初めて子どもをもったカップル288組を対象に、2006年から2009年の4年間、妊娠~出産~育児までを追跡して調査しています。
図1は、『(配偶者を)本当に愛していると実感する』割合の変化を追ったものです。
妊娠した段階では夫も妻も『(配偶者を)本当に愛していると実感する』割合は7割。
しかし、子どもが産まれた直後の0歳期で、早くも半数を割ります。
そして、子どもが2歳になる頃には夫を愛する妻は3人に1人と、もはや少数派です。
一方、同じく7割からスタートした男性は、2歳の時点でも半数が妻に愛情を感じていますし、下がり方も緩やかです。
ここで何より問題にしたいのは、次の2つです。
① 産後の愛情曲線の大幅な低下
② 女性の下がり方が男性より激しいこと
では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
このメカニズムについては、<コチラ「産後クライシス」(2):なぜ出産で夫婦愛は冷めるのか?」>をご覧ください。
また、「産後クライシス」を避けるには、どうしたらいいのでしょうか。対策法については<コチラ「産後クライシス(4):いきなり爆発はNG!<妻向け対策法>」>、<「産後クライシス(5):妻に“産め産め詐欺だ”と言われないために<夫向け対策法>」>をご覧ください。
【参考文献】
内田明香・坪井健人 2016 産後クライシス ポプラ新書
<編集者のコメント>
実際の夫婦のやりとりが生々しく書かれていて、ドラマを見ているようで興味が持てますね。夫のささいな一言から離婚するケース、離婚したいが「お金」のためだけに、割り切って夫婦生活を続けるケース、どちらが正しい選択なのか、考えさせられる記事でもあると思います。
「俺、明日も早いんだけど」の一言。
毎日プレッシャーをかかえながら働いている夫の気持ちもわかる。辛いつらい社会人、心の中では誰しもが思うその一言。
決して言ってはイケナイ一言だけど、妻への甘えと、働かずに一日家にいる妻を知らず知らずのうちに自分より“した”と思ってしまう傲慢さから、“ついつい”言ってしまうのでしょうね。
立場の異なる相手をどう尊重しあっていけるか、人間力が試されるときですね、産後というのは。