「産後クライシス」が起こるのはなぜ?

「産後クライシス」はなぜ起こるのでしょうか?

この記事では、そのメカニズムを探ってみたいと思います。

昨今、「産後クライシス」と呼ばれ、第1子の出産・誕生を機に、それまで愛し合っていた夫婦関係にひびが入る、あるは夫婦間の愛が冷めてしまう現象が注目されています(詳しくはコチラ<「産後クライシス」(1):出産後に冷える夫婦愛」)。

 

なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

 

「産後クライシス」について調査を行った内田・坪井は、このような「産後クライシス」が起こるのは、出産が女性にとって「人生の一大事」、「女性の生き方を大きく変えるイベント」だからといいます。

どういうことでしょうか?

 

出産後、妻に訪れる三大危機

出産後、女性は危機的状況におかれます。

これまで想像もしていなかった次のような危機的事態が女性を同時に襲います。

 

①    身体的危機; 出産は女性にとって人生で最高ランクの身体的負担です。ホルモンバランスの変化により自律神経のバランスが乱れ、情緒不安定になりやすくなります。乳腺炎にかかる女性も多く乳首の痛みに耐えながらの授乳。睡眠不足も深刻です。

 

②    精神的危機; 新米ママには赤ちゃんが何を欲しているのかわかりません。泣かれてもママの方が泣きたい気分。母乳育児のプレッシャー。新しい命がすべて自分にかかっているという「責任への不安」。母親になったとたん、いきなり「自分の時間」はゼロ。

 

③    社会的危機;赤ちゃんの誕生を機にこれまでの自由な生活はご法度。平日は家に赤ちゃんと二人だけの孤独な生活。大人と話すのは宅配のおじさんくらい。子どもの誕生を機に仕事を辞めた女性も、育休中の女性も、この先の生活やキャリアへの不安が増大。

 

幸せの絶頂にいるとみなされがち

出産後の女性には、これらの危機が襲い、慣れない育児で心身ともに疲弊しがちです。

にもかかわらず、周りからは「幸せいっぱいに違いない」と思われています。

 

一番身近にいて妻の変化に気づけるはずの夫もまた、妻は可愛い赤ちゃんに恵まれ至福のときを過ごしていると思い込んでいる節があります。

 

もちろん、赤ちゃんのことは可愛いし、赤ちゃんが無事に産まれてくれたこと、母親になれたこと、それらは大きな幸福感をもたらしてくれます。

しかし、だからといって、その幸福感と不安感は別のもの。幸福感が戸惑い・不安を消し去ってくれるわけではありません。

 

「産後うつ」にかかる女性も多く、なかに自殺に至るという悲惨なケースもあります。

2017年には、日本テレビの人気女性アナウンサーが第1子出産2か月後に高層マンションから飛び降りて自ら命を絶っています。

 

残された兄は「(育児を)すべて自分でやれているのに、(自分だけが)やれていない(と感じる)絶望感」があったとし、「子どものこと、夫のこと、将来のことへの不安が積み重なった」とその苦悩を思いやっています。

 

もともとは「心臓に毛が生えている(と思える)ほど、明るく信念があった」という自慢の妹さんだったそうです。

だから周囲もきっと彼女なら大丈夫、そう思われていたことでしょう。

しかし、産後は女性が「もともとのその人」でなくなってしまう恐れが多分にある危機的な時期でもあるのです。

 

夫への怒りは妻のSOS?!

このような女性の変化は、夫からみると、妻が「もともとの妻」でなくなってしまったかのように見えます。

出産後、妻がイライラして機嫌が悪かったり些細なことで夫に怒りをぶつけるようになったりするからです。

そんな妻をみて多くの男性は「子どもが産まれてから変わってしまった・・・」と嘆きます。

 

男性の立場からすると妻の怒りのきっかけがあまりに些細だと思うのでしょう。

「靴下脱ぎっぱなしなのがそんなにむかつくのかよ」「飲んで帰るのがそんなに悪いのかな」と。

 

しかし、男性にもわかりやすくたとえばみれば、産後の女性は「仕事でほぼ3徹したうえに(3日続けて徹夜ってことです)失業し、さらに友達もいなくなった状態」とでもいえばいいのでしょうか。

 

だから妻自身もそんな自分の変化にとまどい、一番身近な夫に助けてほしいとSOSを出しているのです。

 

出産後の妻の「危機」に気づかない夫

些細なことで怒りが噴き出すまでには、自分の危機に対して救いの手を差し伸べてくれないどころか、気づいてさえしてくれない夫への失望・怒りが積み重なっています。

 

問題は、男性が妻の変化・危機にまったく気づいていないことです。

 

NHKの「産後クライシス」特集では、インタヴュー調査も行っています。

東京・渋谷にあるNHKの放送体験施設「スタジオパーク」を訪れた家族連れに「出産後に夫婦仲は変わりましたか?」とアナウンサーが聞いて回りました。

それによると妻を襲った「産後クライシス」に、いかに夫が気づいていないかが浮き彫りになりました。

 

たとえば、A夫妻の場合です。

アナウンサー「産後に危機はありませんでしたか?」

夫「喧嘩はしましたけれど、危機ってほどではなかったかな」

妻「えっ!」(夫の発言に驚く)

夫「えっ? 危機ってほどのことではなかったかなって・・・」(あわてて言い直す)

妻「『子どもが泣いているよ』って言われたときには、じゃあ自分でみたら(怒)なんてこともあったし。寝不足で気が立っていたからかもしれないんですけど。あれは危機じゃなかったのかな?」

夫「・・・すいません」

 

夫と妻の間で認識は歴然です。

夫は、「泣いているよ」と言い放った自覚のなさに気づいていません。

一方、妻は「はっ、誰の子ども?!」「私だけが親?!」、そう言われた時の怒りをいまも覚えています。

 

忘れていけないのは、休みの日に家族そろって出かけるような、それなりに「家族思いの夫とその妻」に話を聞いてこの結果です。

なぜ夫は妻の変化・危機に気づかないのか?

では、なぜ夫たちは妻の変化に気づくことができないのでしょうか?

「男は妊娠・出産できないし・・・。そんな変化・危機があるなんてわかるはずがない!」

これではなんの答えにもなりません。

これでは、「産後クライシス」の道まっしぐらです。

 

内田らはこの問いに、次のように答えています。

「稼げるかどうかで男の価値は決まる」という教育をされてきたためではないか。

結婚後も「稼げさえすればよい夫だ」と勘違いしているケースが多いのではないかと。

 

その通りだと思います。私たちの社会は男性に「仕事さえしっかりしているのならそれ以外のことは顧みなくてもOK」と許容しがちです。

 

男性自身、子どもが産まれた以上、しっかり働いて稼いでくることが父親の役割と思っている節があります。

これでは、産後二重、三重の負担・危機に襲われている妻のSOSに応えることができません。

 

人が本物の愛を感じるのは、自分が一番困っているとき、悩んでいるとき救いの手を差し伸べてくれたときです。

なのに、「夫は私が一番大変だったとき少しも助けてくれない(なかった)」。

そう妻が思う時、夫の自分への愛情を疑うようになり、そんな夫を大切に思う気持ちも薄れていってしまうのでしょう。

 

男性がこういった状況を理解し、もう少し出産後の妻を思いやることができたら、産後クライシスは相当減らせると思われます。

(どうしたら双方が相手を思いやれるかについてはコチラ<産後クライシス(4):いきなり爆発はNG!<妻向け対策法>」>、<産後クライシス(5):妻に“産め産め詐欺だ”と言われないために<夫向け対策法>>をご覧ください。)

 

【参考文献】

内田明香・坪井健人 2013 産後クライシス ポプラ新書

<編集者のコメント>

出産とは女性にとってどういうものなのか、女性である自分もよく理解していない人が大半なのではないでしょうか。三大危機、男女ともに知っておく必要がありますね。

「出産=幸せ」という今まで信じてきていた方程式とのズレが生じ、本人も、周りも混乱する。本人は、「なぜ幸せと思えないのか??」、周囲は「幸せなはずなのに、なぜイライラしているのか??」と互いに混乱。

自分の中で心身ともに変化がおき混乱しているさ中、夫の方は今までと変わらず仕事をし、飄々としている。

そんな二人の間に、すれ違いが起きるのはしごく当然のこと。

そのすれ違いをいかに最小限に抑えることができるのか?

大切な大切な課題ですね。

 出産、育児についての正しい知識を男女ともに得る必要がありますね。

出産前に夫とこのサイトを訪れ、危機に備えることができるといいですね。