父親の発話:えっ、子どもに「あいさつ」?

日本の父親が育児にあまり参加していない現状が繰り返し報告されています。 いかに父親が育児をしていないかを示す興味深い研究があります。


夫と妻の子どもに対する発話の違いを検討した研究(Niwano, 2002※1)です。この研究では、父親の発話だけに見られたカテゴリーがありました。
それは、「あいさつ」でした。なんと、子どもに「あいさつ」とは!? 
父親の子どもとの接触の少なさ、男性の家庭における存在感の希薄さを象徴しています。

以前、このような生活をしている知人の男性から生後7ヶ月になった子どもに人見知りをされて悲しくなったという話を聞いたことがあります。
こうした場合、もう少し子どもが大きくなると、

「おじちゃん、また来てね~」

と子どもに言われるようで・・・

「育児で大切なのは、量より質」?!

しかしながら、「育児で大切なのは、量より質」と言われることがあります。
たとえ家庭で過ごす時間が短くても、質のよい関わり方さえしていれば問題ない。
これは働く母親についての研究で明らかにされているところです。


これ、父親の場合にもあてはまるのでしょうか? この記事では、父親の子育てを質的な面で検討してみたいと思います。

「趣味・楽しみとしての子育て」/「受動的育児」

筆者は、父親の子育ての質に焦点をあてた研究を行いました。4歳~6歳までの子どもをもつ育児期女性(妻たち)が夫の子育てをどのようなものとみなしているかをインタビュー調査し、その語りを分析しました(※2)。

それによると、妻から見た夫の子育ては、「趣味・楽しみとしての子育て」/「受動的育児」の2次元に分類されました。
1つは、「趣味・楽しみとしての子育て」は、夫が子どもと触れ合う程度で、子どもと接することに楽しみを見出し、子育てがストレス解消につながるというものでした。
子どもの機嫌がいいときは子どもと触れ合い、機嫌が悪くなると、「頼む~」とメインの育児担当者・妻を呼ぶことになります。

もう1つは、「受動的育児」です。夫が時間的にも体力的にも余裕がある限り、妻や子どもに求められれば行う、言われればやるというものでした。気が向かなければ「いま無理」なので、メインの育児担当者にとっては「戦力外」です。

この結果からは、父親にとって子育ては、「他人事」感が否めません。とても父親が子どもや妻のことを第一に考えた良質な育児をしているとは言い難い結果です。妻たちによって“いいとこ取り”と揶揄される所以です。

ワンオペ育児をしている妻たちが自嘲的によく口するのは、

「うちは『母子家庭』だから・・・」。

父親はその母子家庭に時々訪問しては、「おはよう」「バイバイ」と子どもに“挨拶”する「お客様」。この調査研究を見る限り、「母子家庭」は決して誇張ではないようです。

子育て「いいとこ」は本当にそこなのか?

仕事などで夜遅く帰宅する父親たちは、子どもの寝顔を見て「ほっとする」「疲れが吹っ飛び」「明日の活力が得られる」などといいます。素敵なことだと思います。
しかし、子どもの魅力・価値を、自分の仕事の役に立つという、いわば仕事がらみでとらえている点が少し気になります。

妻たちは、こうした夫たちの子育てのあり方を必ずしも声高に非難したりはしません。「仕事が忙しくて大変だから」「疲れているから」「ストレスが発散できればよい」などと理解を示す妻も少なくありませんでした。

夫は仕事が何よりも第一と認めて納得(あきらめ)ているのか。あるいは、自分が子育ての責任者であるという自負からでた夫への思いやりなのかもしれません。

子どもの価値:情緒的・精神的価値

今日、子どもをもつことの意味・価値が変化し、日本や欧米諸国など工業化の進んだ経済的に豊かな社会では,子どもはその実用的・経済的価値をほとんど失い、「家庭を明るくする」「かわいい」など情緒的な価値を持つものになってきていることが指摘されています(※2)。

その意味では、日本の夫・父親たちは子どもがもたらす情緒的満足感を存分に享受しているといえます。しかし、子育ての本当の「いいとこ」はそこなのでしょうか。
これまで子育てというと、子どもの成長・発達ばかりに関心が注がれてきました。しかし、成人が子どもを育てることによって人間的に成長するという面が多分にあるはずです。

生涯にわたる人間の発達を研究している心理学者の柏木恵子さんは、「親になること」によってどのような人間的発達を経験するかを調査しました(※3)。 それによると、親になったことによって、【養護性の広がり】(「社会的弱者に目がいくようになった」など)、【視野の広がり】(「食の安全など自然環境や温暖化など地球環境にも関心を持つようにった」など)、【柔軟性】(「1つの考え方に固執せず考え方が柔軟になった」など)など多次元にわたる成長・発達がなされています。

子育ては、ほかの経験とは比べものにならないぐらい難しい課題を伴います。逆の見方をすれば、子育てに(趣味や気晴らしとしてではなく)真正面から取り組めば、困難や制約から逃げずに、工夫をこらしながら対処する力が身につきます。

このように育児は大変でつらい反面、素晴らしい人間的成長を親にもたらしてくれるものです。「育児は育自」子どもが親を育てると言い換えてもいいかもしれません。

この研究からも分かる通り、子育ての本当に一番「いいとこ」は、子どもから情緒的満足を得ること以上に、子どもに日々関わることで、知らず知らずのうちにこのような「人間的成長」を遂げられることなのではないでしょうか。 その意味で、子どもから得られる情緒的満足だけで満足している父親は、親なればこそ得られる学び、成長の機会を逃してしまっています。
言い換えれば、親になったのに、「いいとこ」をみすみす逃しているとも言えるでしょう。せっかく親になったのに、ああ勿体ない!

欧米の先進諸国において父親が母親に劣らず育児し、家庭生活を大切にしている状況をみるにつけ、日本の夫・父親のお客様状態は早急に改善していく必要があるように思えます。 父親もどうか育児の本当の「いいとこ」どりができますように・・・。



【参考】
※1)2002 The functional uses of infant-directed speech of fathers and mothers: A Comparison study.  Research and Clinical Center For Child Development Annual Repart 2001-2002 . 25, 1-7, Graduate School of Eduaction Hokkaido


※2)平山順子 家族心理学への招待 ※3)柏木恵子 親の発達心理学