人間の「父親」っていったい何なのか?

男性の子育てを増やそうと政府は躍起になっています。

「イクメン」をもてはやすだけでは足りないと思ったか、具体的な数値目標まで設定。

 

2020年までに男性の育児取得率を13%!

6歳未満の子の父親の育児・家事時間を1日あたり2時間半!

 

政府にこんな目標を設定されたからといって達成を目指すパパがいるものでしょうか!?

 

そもそも、「なぜ、女性だけでなく、男性が子育てに参加しなければならないのでしょうか?」。この記事では、「父親になる」vs「父親をする」という視点から答えを探ります。

 

種の繁殖のため、“産みっぱなし”はNG

人間に限らず、動物は、子どもの誕生によって、精子を提供したオスは「父親になり」、卵子を提供し妊娠・出産したメスは「母親になり」ます。

 

多くの動物は、この「親になる」段階で、誕生した子どもに対する親の役割は終わります。言葉は悪いですが、“産みっぱなし”です。

動物界では子育てをしない種の方がずっと多く、子育てをする動物はむしろ例外です。

 

人間はその例外に属します。人間の場合、「親になる」だけでは、子どもに対する役割を終えることにはなりません。「親をする」ことが必須になります。なぜなら、親をしないと子どもが育たない、つまり、ヒトという種が滅亡、絶滅してしまうからです。

 

このことは、人間と同じ有性哺乳類動物であるウマと比較してみるとよくわかります。

親が抱いたり、移動させたり、エサを食べさせたりといった世話は全く不要です。

 

これに比べて人間の赤ちゃんはどうでしょう。首も座らず、歩行はおろか、自力で食べることもできません。誰かに安全を確保し栄養補給をしてもらわなければ、赤ちゃんは生き延びることができません。

 

人間の赤ちゃんの未熟さ:進化の産物

では、なぜ人間の赤ちゃんは、これほど未熟な状態で生まれてくるのでしょうか?

その理由は、私たち人類の進化と深い関係があります。

 

人類が誕生した700万年前、私たちの祖先は森を出て、草原へと進出しました。

そして二足歩行を始めました。そのとき、体に大きな変化が起こります。

 

図1は、二足歩行を始める前の私たちの祖先と、二足歩行を始めた人類の骨です。比べてみてください。どこの骨だかお分かりになりますか?また、ある個所に大きな違いがあることに気づきましたか?

 

<図1 チンパンジーと人間の骨>

 

 

答えは骨盤です。骨盤の形が変わり、中央にある穴が小さく狭くなりました。

実は、この穴、赤ちゃんが子宮から出てくるときに通る「産道」です。

 

人間は、動物界でも最も脳を大きく発達させた頭でっかちな動物です。

二足歩行によって産道が狭まってしまったため、人間の赤ちゃんは脳がまだ小さく未熟なうちに生まれてこざるを得なくなったのです(そうでないとこの世に出てこれない・・・)。

 

本来なら子宮の中でもう少し長く育てられるべきだったのに、未熟なまま生まれてこざるを得なかったという意味で、生後1歳までの赤ちゃんは「子宮内胎児」と呼ばれます。

 

人間の子育ては長期で多岐に及ぶ

他の動物と比べたとき、もう1つの大きな違いは、人間の子育ては長期に渡り、しかも複雑で多様な課題をもっていることです。

 

他の動物の場合、自立で歩き、走ったり、エサなどがつかめるようになったり、目や鼻など感覚器官が成熟するなどずれば、もう立派に「一人前」です。

 

ところが人間の場合、「一人前」となるまでの期間がはるかに長く、歩行や感覚器官の成熟などは「一人前」であるためのほんの一部でしかありません。

 

人間は社会的動物でもあるので、言語、知識、道徳、社会性、価値観など、実に多種多様な力を備えなければ「一人前」として生きていくことができません。

 

「進化の産物」としての父親

このように人間の子育て・養育ほど、時間や養育者の心身、財力などエネルギーを大量に要する動物はいないといえるでしょう。

まさに人間の子育ては、一大プロジェクト。壮大な難事業です

 

母親ひとりで担っていたのでは、このプルジェクト(繁殖)に成功する確率が下がります。そこで、女性は、男性を自分と子のもとに引きとめて、子育てにかかわるように働きかけました。それに応えて(巻き込まれて)父親は母子のもとに留まり、ともに「親をする」ようになりました(進化的な比喩として表現すれば・・・ですが)。

 

比較動物学者の小原は、このような父親の進化のいきさつを、「仕組んだ女と仕組まれた男」と表現しています。(『父親の進化』1998)

 

このようなことを聞くと、男性の中には、「おいおい、女性の策略にのってしまったのか!?」とガッカリする方がいるかもしれません。

 

しかし、この策略によって人類は繁殖に成功し、ここまで繁栄を遂げることができました(少子化が問題になっている昨今、今後の繁栄については疑問符つきですが・・・)。

そのおかげで、(男性の)あなたもいまここに誕生、ご両親が一生懸命「親をしてくれた」おかげで繁殖(無事に成長)できました。

 

そして、いまあなたが、あなた自身の子どもの繁殖(成長・発達)、ひいては人類の繁殖に成功するか否かの鍵をあなたが握っていると思うと、これほどやりがり・生きがいを感じられるプロジェクトは果たして他にあるでしょうか。

 

こうして、母親のみならず、もう一人の親―父親は精子の提供者に終わらず、「親をする」ことを求められるようになりました

 

この記事のタイトル、「なぜ男性が『子育て』をしなければならないのか?」の答えがお分かりいただけましたでしょうか。

 

【参考文献】

柏木恵子 2011 父親になる、父親をする:家族心理学の視点から 岩波ブックレット

NHKスペシャル取材班 2016 ママたちが非常事態!? ポプラ社

小原嘉明 1998 父親の進化:仕組んだ女と仕組まれた男 講談社