不安と孤独の受け皿:「ママ友現象」

ママたちの不安や孤独が、特徴的に現れているある現象があります。

「ママ友現象」です。

この記事では、この現象がなぜいま日本で生じているのか、その背景を探ります。

「ママ友」とは、子どもを通して知り合った母親仲間のことです。

もともと幼稚園が一緒だったり、住まいが近かったりして、付き合いの深い母親同士を指す言葉として使われ出しました。

昨今ママ友作りを目的としてイベントが日本各地で盛況です。

子育てのNPOや行政がママ同士で会話したり、連絡先を交換したりできる場を提供するため数多くのイベントを開いています。

いずれのイベント会場も参加者でいっぱい。友達になるまではいかなくても、同じ月齢、年齢の子どもを持つママ同士でただおしゃべりしたいという人もたくさんやってきます。

面倒なことも・・・、でも「ママ友」が欲しい

そうしたママ友作りの場にやってきたお母さんに「産前はママ友を欲しいと思っていましたか?」と聞くと、ほとんどのママがこう答えます。

「いやいや! めんどくさそうだから、むしろ絶対欲しくないと思っていました!」

実際、ママ友作りは面倒なことも多く、いいことばかりではありません。

自分の育児が正しいかどうか自信を持てていない現代のママたちのなかには、育児方針の違う人との会話で、自らを否定されたような気持ちになってしまうこともあります。

「だったらママ友なんて作らなければいい」と頭ではそう思っても、ママ友を渇望する気持ちは抑えられないのです。

「煮詰まる」、だから誰かとつながりたい!

それはなぜでしょうか?

「家で子どもと二人だけだと煮詰まる」という声を多く耳にしました。

「煮詰まる」とは、不安になったりイライラしたり寂しくて涙が出たり・・・。

筆者にも「煮詰まった」経験があります。長女が1歳のとき専業主婦になるとほぼ同時にお引っ越し。当然のことながら、新しい土地には一人も知り合い・友達はいません。夫は朝早く家を出ると子どもが寝てからでないと帰らない日々。

日中幼い子と二人きりでいることの苦痛・孤独感はたとえようもないものでした。でも、きっと同じ境遇のママなら・・。そうすがるような思いで近所をさまよい歩く以外、術がありませんでした。

現代、インターネットの普及によって「ママ友」ネットワークはご近所の枠を越えて日本中に広がっています。SNSやママ向けサイトを通じて、顔を見たことのないママ同士が友達になるのは珍しいことではありません。

重要なことは、顔見知りの知り合いはいなくても、確かに誰かとつながっていること。

「ママ友現象」の裏にあるのは、その不思議な安心感です。

今やママ友とはただのご近所友達ではなく、不安や孤独をまぎらわすための受け皿的存在になっているようです。

「ママ友現象」の背景に“孤育て”

ではなぜこのような「ママ友現象」が起こるのでしょうか?

それには日本の育児環境が大きく関係しています。

「孤育て」「ワンオペ育児」とまで言われる孤立無援の育児環境です。夫や親族などの協力も得られず、近所との付き合いのない孤立状態の中で母親がほぼ一人きりで子どもを育てています。

6歳未満の子どものいる世帯のうち、核家族率はなんと8割。

子育て家庭が集中する都市部に至っては、9割に及びます。

家庭の中ではどうでしょうか?

少子化に関する国際意識調査によると、妻も夫も同じように育児を行うと答えた夫婦は、フランス50.6%、イギリス64.7%、スウェーデン93.9%のなか、日本はわずか33.5%

父親は多少育児に関わっているとしても、日本の父親の家事育児協力時間は、1日1時間程度。他の先進国の3分の1という短さです。

日本のママたちは、家庭の中でもまた一人孤独な子育てです。

ある調査(財団法人こども未来財団、平成18年度子育てに関する意識調査)によると、子育てで孤立を感じる母親の割合は実に7割

NHKの「ママたちが非常事態!?」取材班は、現在の母親たちが子育て中に感じる不安や孤独感について、最新科学の立場から明らかにしようと試みました。

それによると、母親たちが育児中に感じる孤独感は、母の体内のある仕組みが、孤独状況をより孤独に感じさせているためだといいます。

つまり、この母の体内のある仕組みは、より強く孤独感を感じさせることによって、母親を人間本来の子育てである「共同養育」に向かわせるというのです(※作成中です。お楽しみに→「共同養育」については<「父親」登場>)。

どういうことでしょうか。次で詳しくみてみましょう。

なぜ孤独と不安を感じるの? 

ご存じのとおり、産前産後、出産と授乳を促進するために女性の体内ではホルモンの急激な変化がみられます。

女性は妊娠すると、体内で女性ホルモンの量がどんどん増していきます。

女性ホルモンには、子宮に着床した卵を育て、成熟させる働きがあります。

このため、出産が近づくと、実に通常の数百倍のもの女性ホルモンが体内を満たします。

この高濃度のホルモンは脳内にも働きかけ、妊娠時の女性に幸せな気分をもたらします。

ところが、出産と同時にこの女性ホルモンは急降下、一気に通常レベルに戻ります。

この変化が、なぜか脳で孤独や不安を感じやすくさせるのです。

この仕組みのせいで、母は育児に不安や孤独を感じると言われています。

あるいは、「産後うつ」になれば育児放棄や虐待につながる可能性が高まります。

あれ、何か変だなと思いませんか?

通常、生物の体内変化は、その生物の生存・繁殖にプラスに作用します。

しかしながら、人間の母親がホルモン変化によって不安・孤独を感じたり、うつになってしまうのはマイナスにしか思えません。

にもかかわらずなぜこのようなホルモン変化(生体反応)が起こるのでしょうか?

答えはこうです。もしあなたが不安や孤独を感じたとき、何を思いますか?

たぶん、誰かと一緒にいたいという気持ちがわきあがるのではないでしょうか。

同じように、出産後の赤ちゃんを抱えた母親が不安や孤独を感じれば、「だれかと一緒にいたい」、「誰かと一緒に子育てしたい」 という欲求が高まると考えられます。

つまり、このような母親に不安や孤独を感じさせる仕組みは、母親が「共同養育」する仲間を見つけさせ、わが子を他者にゆだねられるようにするためにあると研究者たちは考えています。

「共同養育」を求める母の体の本能と、現代の孤独な育児環境、そのギャップにママたちは苦しんでいます。それこそが、“現代日本の7割が育児に感じる孤独”の正体だと考えられます。

しかしながら、人類が700万年も続けてきた「共同養育」のための体の仕組みは、ここ数十年間の急速な時代変化には対応できません。共同養育を支える女性のホルモンの変化も変わりません。

ならば孤独感を強く感じずに子育てをするには、「共同養育」に少しでも近い育児環境を作っていくしかないということになるのでしょうか。

夫、親、ママ友、近所の人、保育園などにもっと積極的にあなたの“孤育て”の輪の中に入ってきてもらう。そして、疑似「共同養育」スタイルで乗り切る。

NHK取材班がいうように、私たちは今まさに、人類700万年の歴史において初めてともいえる「育児の非常事態」に直面します。

だからといって、いや、だからこそ、手をこまねいてはいられません 。

【参考文献】

NHKスペシャル取材班 2016 ママたちが非常事態!? 最新科学で読み解くニッポンの子育て ポプラ社