『子どもが産まれると夫婦に何が起こるのか?』

今から20年程前こんな刺激的なタイトルの翻訳本が出版され、日本でも話題にな りました。原題は“The Transition to Parenthood”(直訳すると、親への移行 期)です。 米国の心理学者ベルスキーが250組の夫婦を対象に、子どもをもつと夫婦にどん な変化が起こるのかについてまとめたものです。 どう思われますか? 夫婦に何が起こるのでしょうか? 子どもは「くさび」(夫婦を離す役割)、それとも「かすがい」(夫婦をくっつ ける役割)となるのでしょうか?
くさび
かすがい
この本によれば、カップル文化の国とも言われる米国では子どもの誕生を機に夫 婦関係が悪化、あるいは少なくとも親密性が下がるとのこと。カップル文化の国 ともいわれる米国では、子どもが「くさび」になってしまう可能性が高いようで す。

日本では「子ども中心家族」&分業のライフスタイルに

日本ではどうでしょうか? 子どもの誕生によって夫婦はどう変わるのでしょう か? 日本では子どもの誕生を機に、「夫婦中心」から「子ども中心」(母子+夫)、そして「妻=家庭中心/優先、夫=仕事中心/優先」のライフスタイルに移行する傾向がみられました。 新しくパパになった男性が、会社の上司から「君も父親になったんだから、ますます仕事がんばってしっかり稼がないとな!」とはっぱをかけられる。新米パパは「はい、頑張ります!」と照れながら頭をかく。こんなシーンは私たちにとってお馴染みのものでした。 「子ども中心」への変化は、日々の献立に顕著です。焼き魚、煮物、酢の物などが食卓から消え、子どもが好きなハンバーグ、スパゲッティ、甘いカレーの出現率が高まります。 また、家族内の呼称も変わることがあります。子どもが生まれると、これまでは名前で呼び合っていた夫婦でも、お互いを「お母さん」「ママ」、「お父さん」「パパ」というように子どもから見た呼び方に変わることも少なくありません。 知り合いの外国人が同僚の男性宅に訪問した折、その同僚が奥さんを「ママ」と呼ぶのに仰天・混乱したという話を聞いたことがあります。どう見ても彼の母親ではなかったからです。

川の字、または夫婦別室に

通常、どこの国でも、夫婦は結婚すると同じ部屋で2人だけで寝ます。 日本に限らずほとんどの文化に共通する規範・ルールといえます。 ところが日本では、このルールが子どもの誕生でやすやすと破られます。子どもは夫婦の間に入り込み、親子が「川」の字で寝ることはごく普通。
さらには、母親と子が同室で寝て、夫は別室にひとりで寝る、というパターンも少なくありません。 この日本独特の状況は、必ずしも、日本の家が狭いから、部屋がないからではありません。 何よりも、幼い子を一人で置くのはかわいそうと考える。あるいは、子どもが夜泣きをして父親が寝不足になってしまったのでは仕事に障るとの配慮が働いてのことです。 こうした日本の状況は欧米では考えがたいこと、離婚寸前とみなされる異常事態です。 欧米では子どもが誕生しても夫婦はこれまで通り同室、子どもは生まれてすぐに一人別室で寝るのが当たり前。また、小さい子どもがいてもベビーシッターを雇って二人だけで夜のデート、レストランやコンサートなどに行くことも普通です。

どちらが「いい」の問題ではありませんが・・・

このように見てくると、日本では、夫婦関係より子どもと母親の関係を重視する「子ども中心家族」、一方、欧米は、夫婦の絆をより重視する「夫婦中心家族」とみることができます。 もちろん、2つのやり方は、文化の違いであり、どちらがいい、正しいといった問題ではありません。「夫婦中心家族」は、夫婦の関係性を重視するため、愛が冷めたら離婚に直結、それによって、子どもが悲しい思いをするといった問題が指摘されています。 一方、「子ども中心家族」では、母親と子どもとの結びつきが強く、妻と夫とのパートナーシップは希薄になりがちです。「夫はATM」と冗談ごかしに本音を吐露する妻さえいます。
別の記事(「助け合いたい夫になぜイライラ」)で、離婚率が一番高いのは、子どもを産んで2年以内の夫婦であることを述べました。この時期は乗り越えた夫婦でも、各種の調査・研究によれば一様に妻の結婚満足度・夫婦関係満足度は夫より有意に低いことが明らかにされています。「家庭内離婚」「仮面夫婦」という言葉が現実味を帯びます。

「子ども中心家族」の弊害?!

夫婦の関係が希薄、あるいは冷めていても、子どもが小さい間、あるいは子どもが親元を巣立つまではそれでもいいのかもしれません。しかし、「人生100年時代」の今日、通常、子どもが独立した後に長い長い夫婦だけの生活が待っています。 「亭主元気で留守がいい」とタンスにゴンのCMが流行り、妻たちの間で夫が「産業廃棄物(粗大ゴミ)」「濡れ落ち葉」と揶揄されたのは昭和まで。最近は、さらに激化して、『夫の死を願う妻たち』なる本が出版されるほど。 筆者もアラ還(60歳前後)世代の妻たちから、「夫が定年で家に居るようになってうんざり・・・」「居るようになると思うと憂鬱・・・」との愚痴を数多く聞かされています。 これまで家族のためにと一生懸命働いてきた男性。しかし、家には居場所がなく、近所のカフェ、図書館、ジムで過ごさざるをえない男性。ここまで疎まれてお気の毒と思う反面、昼間は自由を謳歌していた妻たちもまたお気の毒です。 このように日本では一般に夫婦のパートナーシップが希薄になってしまうのは、子どもの誕生を機に、「子ども中心家族」かつ「女性=家庭中心、男性=仕事中心」で家族生活を送ってきたことの副産物、あるいは弊害の一つと言えるのではないでしょうか。

妻たちの不平・不満はむしろ“夫へのラブコール”?!

子どもの誕生に話を戻しましょう。子どもが産まれるとこれまでの二人だけの生活が激変します。子育てにあまりに多くの時間、心身のエネルギーが費やされるようになるからです。 その状況で、妻の負担感が強まると、夫が子育てに協力しないことへの不平・不満が爆発しがちです。 しかし、妻たちは決して、夫が憎くて不平・不満をぶつけているだけではありません。 むしろ、妻たちがそうするのは、「私はあなたとずっといい夫婦でいたい」「あなたも大変なのはわかる。でも、私だって今とっても大変なの。そこをもっと分かって、私のことをもっと大切にして!」と言っているだけなのです。 新しくパパになった男性の皆さま、そして、末永く妻と仲良くやっていきたいと願っている男性の皆さま、そんな妻たちの不平・不満の底にある“熱烈なラブコール”に耳を傾けてみませんか?! 【参考文献】 篠田有子 家族の構造と心 2006 世織書房 小林美希 夫に死んでほしい妻たち 2019 アサヒ新書