『逃げ恥』が教えてくれたこと

昨年(2016年)ブレイクしたドラマ『逃げ恥(逃げるは恥だが役に立つ)』はご覧になりましたか。

テーマソングに合わせた主人公“夫婦”の軽快なダンスも魅力でしたが、そのストーリーがまた目からウロコの斬新さ。

コメディタッチの社会派ドラマ、とでも言うのでしょうか。

 

「夫(津崎)=雇用者、妻(みくり)=従業員」の契約関係(市場でのお仕事)として「結婚」をはじめた二人。・・・最終回では、津崎がみくりにプロポーズをするようですが・・・

 

「夫婦」ってなに? 「家庭」ってなに? 「家事」ってなに?

結婚にまつわるそんなテーマを存分に考えさせてくれる素敵な内容でした。

 

結婚したと同時に、「家事」は無償労働に

そこで、このドラマのストーリーをヒントに「家事」について少し考えてみましょう。

二人が「お仕事として結婚」をしている間、夫(津崎)は妻(みくり)が家事をしてくれた分、賃金を支払う必要があります。

 

だって、この場合の家事は、「市場」(社会経済生活が営まれる公的領域)のお仕事なのですから。家政婦さんに家事を頼んだら報酬を支払わなければならないのと同じです。

 

ところが、もし、みくりが津崎のプロポーズを受け、本当の「結婚」が始まったらどうでしょうか。

妻(みくり)が家事をしても、夫(津崎)はそれに対してお金を支払う必要はありません。なぜなら、二人は結婚しているのですから。

 

結婚生活は「私的領域」、妻(夫)がほとんどの家事労働をしようが、夫婦の間でふつうは金銭の授受はしません。

 

「家事」がタダ働きであることに主婦(主夫)は納得しているのか?

結婚したとたんに、「家事」してくれる人に賃金は払わなくなる。

これってどうなのでしょうか?

家事ってエンドレスだし、それなりに時間もかかるものなのに、ほんとに無償でいいのでしょうか。

やっているご本人たちは、納得しているのでしょうか?

 

少し前のデータになりますが、この点を共働き女性(1800名)を対象に尋ねた調査(旭化成共働き家族研究所、1995)があります。

その調査によれば、あまり「納得していない」という結果です。

 

すなわち、「家事にも適当な賃金が払われるべき」という意見に対しては、「まったく賛成」が29.2%、「どちらかといえば賛成」が49.4%で、あわせて賛成派が8割弱もいました。

 

では、調査対象者の女性たちは、どのくらいの賃金が適当と考えているのでしょうか。

調理1回(夕食)当たり平均1500円洗濯1回当たり平均1250円大掃除1日あたり18,059円との結果が出ています。

 

興味深いことに、当時の平均給与を考えると、ほぼ時間給計算になっています。

この結果からは、家庭(私的領域)の仕事も、市場(公的領域)の仕事とほぼ同一労働同一賃金であるべきと考えていることがわかります。

1980年代以降、世界的にも家事を金銭的に労働評価しようとする動き

ところで、世界的にみても、概して女性のほうが社会的にも経済的にも地位が低いことが知られています。

それは、「家事」が正当に評価されてないためと言われてきました。

 

そこで、この無償労働をきちんと貨幣評価しようという動きが1980年代から始まります。

日本でも、1997年から内閣府(経済企画庁)が無償労働の貨幣評価額の推計を始めました。

 

家事の値段の換算法には次の2つの方法があります。

ひとつは、家庭における家事時間を市場において労働をしていた時間とみなし、その間に得られたはずの収入を計算する方法(機会費用法)。

 

この方法よれば、日本人が1年間で無償労働に費やす時間は、女性で1381時間、男性は284時間(「社会生活基本調査」2011)なので、お金に換算して、女性193万円、男性51万7000円になります。

片働き家庭に限っては、専業主婦が1年間で304万円、夫は49万円となります。

 

もう1つは、同じサービスを市場で提供されているものに置き換える方法です。たとえば、掃除は清掃業者に、洗濯はクリーニング店にと個別に頼んだり、一括して家政婦さんに頼んだらいくらになるかという形で置き換えて計算する方法です(代替費用法)

 

この方法では、たとえば、24時間家族のために待機する専業主婦・主夫の家事をすべてフィリピンのヘルパーさんに外注するとしたら、月108万円にもなります。その半分としても月50万円、年600万円にもなります。

 

これがあなたの家事の「お値段」ですよって言われても

この金額を見てどう思われますか? 高い? 安い?

 

なんだかスッキリしません。「だから何?!」っていう感じもします。

かりに専業主婦の家事のお値段が304万円だとして、誰が支払ってくれるのでしょうか。

夫ですか? 国ですか?

 

いずれにしても、私は304万円分も働いているんだと自己満か自画自賛どまり。

また夫に、「私、304万円分も働いているのよ!」と主張したとしても、「すごいね!」とはおそらくならず、「ふ~ん」と気のない返事が返ってくるぐらいではないでしょうか。

 

ちょっと空しい感じです。

夫婦喧嘩の最中に怒った妻が夫に言うセリフに、「私は、あなたの何? 家政婦なの?!」というのがあります。

家事の貨幣評価には、それに対して夫から「そうだよ」と言われてしまったような虚しさが否めません。

 

「それなら、お金で解決すればいいじゃない」と捨て台詞のひとつも残して立ち去りたい、そんな悲しい気持にさえなります。

家事のお値段が公表されたことは社会的には有意義

家事の値段の試算は、社会的にはすごく意味があることだと思います。

なぜなら、家庭の中に埋もれて見えなかった家事が「お値段」として「見える化」されたのですから。

 

しかし、残念なのは、せっかくこんな試算が公表されたのに、「女性に偏っている無償労働をどうしたら社会全体で分配できるか」という議論へと発展しなかったことです。

 

経済企画庁の発表とこれを受けたマスメディアの反応は、それとは全く逆のものでした。

記者会見の冒頭で、経企庁の男性幹部は、「専業主婦の無償労働がこんなに価値があるとの結果が出て、主婦の方々にも喜んでもらえるでしょう」とまとめてしまったのです。

つまり、主婦がやり続けるという前提を強化しただけで終わらせてしまいました。

 

少子化解消のため、子育てした人が、失った収入分を国が埋めるべきという議論さえあるなか、本当にビックリというか、残念としか言いようがありません。

もっとも、「家事育児の外部化(有償労働化)したら、資本主義であろうと、共産主義であろうと、経済がもたない」(上野千鶴子)と言われていますが・・・

 

せめて夫婦で話し合いを始めるチャンスに

前述したとおり、既婚女性たちの大半は「もうタダ働きは嫌・無理!」だと言っています。

実際、日本のここかしこで、小さい子どものいる家庭では回らない事態が生じていまいます。

 

せめてこの記事を読んでくださったご夫婦の間だけでも、家族みんなが気持ちよく健康に暮らすためにはどうしたらいいか、と改めて「家事」について考え直すグッドチャンスにしていただけないかと思います。

お子さんが小さい間は、家事育児の一部外注化により、家事負担を軽減するという方法も有効です(家事代行の利用:【家事あるふぁ】)


実際、都市部を中心に利用が広がってきています。

たかが家事、されど家事。

家事を侮ると、怒った妻から「ハイ、200万円(or 600万円)!」と賃金請求されるかもしれませんよ。

そうならないためにも、しっかり前向き話し合っていただければと思います。

【参考文献】

筒井淳也 2016 結婚と家族のこれから:共働き社会の限界 光文社新書

竹信三恵子 2013 家事労働ハラスメント:生きづらさの根にあるもの 岩波新書