この記事では、赤ちゃんは「有能」だという話をしたいと思います。

赤ちゃんって大変、と思っている方、ゼロ歳児育児がもっとずっと楽しくなる話です。

 赤ちゃん観の大転換

ここ数十年、世界的に赤ちゃん研究が大きく進んでいます。

それにより、赤ちゃん観が大きく変わりました。

「未熟で無力無能な赤ちゃん」から「有能な赤ちゃん」への大転換です。

 

生まれてほどなくして立ち上がるウマ、キリンなどの哺乳動物と違って、人間の子どもは歩けるようになるまで1年もかかります。

歩くことはもちろん、首も座らない状態で、手足の動きはメチャクチャ、目はぼんやり、話すことはもちろん、泣いてオッパイを飲むことが主に存在。

ですから、これまで赤ちゃんは未熟で無力無能と考えられていました。

 

赤ちゃんの敏感で優れた感覚器官

しかしながら、最近の乳幼児研究からわかったことは、赤ちゃんはわれわれが考えるよりも早くから、視覚・聴覚などさまざまな感覚器官を使って外界からいろいろな情報を取り入れているということです。

 

もちろんおとなには及びませんが、たとえば視力は生後6カ月で0.2、12カ月で0.4程度になります。この程度でも、室内の手の届く範囲やその周辺にあるものを探るには十分といえるでしょう。

 

赤ちゃんを対象にした実験では、赤ちゃんに刺激としていろいろなもの(図形や絵、写真や映像など)を見せます。それらを対にして見せて2つのうちどちらをより好んで見るか注視時間を比較します(選考注視法)。

興味深いことに、目新しいもの、適度に複雑なパターンが好まれる傾向がみられます。

 

赤ちゃんは人への指向性が強い

ここで重要なのは、下の図のように「人の顔」と「人の顔でないもの」を対にして提示すると、人の顔を好んで注視するという結果が出ていることです。

<blog.livedoor.jp 「山口先生の心理学教室」より図引用>

音にしても同様で、たとえば、鳥の鳴き声と人の声を聞かせると、人の声に対してより強い反応を示します。またより高い音声を好む傾向もあることがわかっています。

よく「赤ちゃんは女の人が好き」と言われますが、それはこの傾向のためだと思われます。

 

このように赤ちゃんはかなり早い段階から人間への指向性(人間が発するさまざまな刺激に対してよく反応する傾向)を備えていると考えられます。

 

「生理的微笑」から「社会的微笑」へ

また生まれたばかりの赤ちゃんでも笑います。「生理的微笑」と言われています。

生後2か月ごろはなにに対してもこの微笑が発せられますが、3カ月ごろには微笑の対象は人の顔にだんだん限られてくるようです。

 

実は赤ちゃんはこのころには人の顔らしさがだんだんと識別できるようになります。

福笑いのような模型を使って、顔の輪郭だけのもの、両目、鼻、口がメチャクチャに並んだもの、顔らしく並んだものを見せて比べてみると、顔らしい配置のものに対する微笑がもっとも多く観察されました。

 

しかし模型に対する微笑はその後しだいに減少します。

一方、本物の顔に対する微笑は3カ月を過ぎてもあまり低下しません。

しかもその顔が笑顔で、話しかけがともなっているときには、赤ちゃんはよく反応します。

ところが、同じ顔であっても無表情な場合や、まったく応答がない場合には赤ちゃんは微笑しなくなってしまいます。

 

母親が赤ちゃんのかわいさを実感するとき

ところで、母親はどうして赤ちゃんを可愛いと思うのでしょうか?

赤ちゃんをもつママ(誕生後4か月までの母親)を対象に「どのようなときお子さんをかわいいと思いますか?」について研究した心理学者(大日向雅美さん)がいます。

 

その研究によると、赤ちゃんが(母親を)みつめる、笑う、きげんのよい声を出す、といったときが最高得点になりました。

赤ちゃんが母親の視覚に訴え、聴覚に届くようなかたちで働きかけてくれたときです。

 

たしかに赤ちゃんがじっと見つめてくれながら、キャッキャと楽しげな声で笑ってくれたら母親も放っておかない、いやおけないでしょう。もう赤ちゃんの虜です。

このように赤ちゃんからの働きかけが、かわいらしさを強く実感させる契機になります。

 

敏感で応答的な人に、赤ちゃんは強い愛着をもつ

赤ちゃん側から見れば、自分が声を出したり笑顔をみせたりしたとき、すかさずそれに応じて声をかけたり笑い返したりして反応してくれる人に強い愛着をもちます。

 

それは、赤ちゃんにとって感覚器官は自分と外の世界をつなぐ唯一のアンテナです。

そして、自分が発するシグナルが的確に受け止められる経験が愛着の基礎になります。

 

これまでの赤ちゃん観では、赤ちゃんは話せない自分で動くことも食べることもできないという無能未熟な存在と考えられていたため、親の役割はとにかく子を世話し保護することに集中しがちでした。

 

しかし、赤ちゃん観の転換にともなって、養育者にとって重要なのは世話・保護も必要だけれども、それ以上に、子どもからの働きかけを敏感に受け止めるたりそれに適切に応答することが重要だといわれるようになりました。

愛着のネットワークをつくる有能な乳児

さらに注目したいおとは、このような赤ちゃんの愛着は、母親だから必ず生じるものでも母親だけに生じるものではないということです。

母親以外の人、たとえば父親、きょうだい、保育園の保育士さんなどさまざまな人に対して、同様な愛着を示します。

なぜだか近所に住むまだ4歳のお姉ちゃんが大好きなんていうことも往々にしてあります。

 

これまでは愛着理論の影響もあって、赤ちゃんにとって母親との愛着だけが唯一、しかもそれが絶対であるかのように、一般にもまた心理学でも考えられてきました。

 

しかし、母親がベスト、母親でありさえすればOKという考え方はときに危険です。

その母親が産後うつや育児ノイローゼなど赤ちゃんのシグナルにも笑顔にも反応できないほど精神状態が悪化している場合はかえってマイナスです。

 

母親だけで囲いこまずに、子どもがさまざまな人々と交流することが、豊かなネットワークをつくる上で重要であることを忘れてはならないと思います。

そう、赤ちゃんは生まれついて「社会的な存在」なんですね!

 

※    ここで述べてきたことは、平均的な赤ちゃんの話でした。なかにはあまり笑わない赤ちゃん(実は筆者の長女も)やおとなからの刺激をこわがる赤ちゃんもいます。

こうした赤ちゃんのごとに気質・個性の違いについては、コチラ「育児に苦戦していませんか?」ご覧ください。

 

【参考文献】柏木恵子 1995 親の発達心理学:今、よい親とかなにか 岩波書店