「男はつらいよ」

最近、「男はつらいよ」ムードが広がっています。

あの渥美清主演の国民的人気映画シリーズ『男はつらいよ』ではありません

「フーテンの寅さん」こと車寅次郎さんならぬ、フツーの男性たちの話です。

この数年、男のつらさを特集した新聞・雑誌をよく見かけるようになりました。

ざっと挙げただけでも、次の如し。

2014NHK『クローズアップ現代』が「男はつらいよ2014」

2014・9 『AERA』「男がつらい」特集

2015 田中俊之『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』KADOKAWA

2016 海原純子『男はなぜこんなに苦しいのか』朝日新聞出版

2016・3 NHK『あさイチ』「聞いてください!“イクメン”はつらいのよ」

 

「男=つらい」という図式が、今や当たり前になってしまった感があります。

「男のつらさ」を裏付けるように、<表1 男女の幸福度国際比較>では、

日本では男性の方が女性より不幸、しかもその幸福格差は世界一位。

つまり、幸せを感じる割合は男性のほうが低いのです。

<表1 男女の幸福度国際比較>
プラスであれば幸せであると感じている男性>女性。
逆に、マイナスの数値が大きいほど男性の幸福度は低く、幸せであると感じている男性<女性 ということ。

ランキング 国名 幸せだと感じている男性の割合ー幸せだと感じている女性の割合
1位 日本 -8.2%
2位 ヨルダン -7.1%
3位 パレスチナ -6.4%
4位 リビア -6.1%
5位 ジョージア -5.9%
6位 韓国 -5.2%
17位 中国 -3.0%
18位 台湾 -2.8%
29位 アメリカ -0.1%
39位 ドイツ 1.6%
56位 インド 4.4%

 

「男性社会」なのになぜ「男はつらい」?

日本は男性社会であるといわれています。

日本は男女平等でない国として世界的にも有名です。男女の社会的平等度合をしめす「ジェンダーキャップ指数」では145か国中111位。

世界に冠たる「男性社会」と言っていいでしょう。

社会的な活躍の場は女性もりも男性のほうに多く用意され、経済的社会的地位においても、女性よりはるかに恵まれた立場にある男性が、なぜそんなに「つらい」のでしょうか?

 この答えは、男性の生き方そのもののなかにあると考えられます。

日本では、男性は、実質的に「仕事をしない」という人生の選択肢がありません。

条件に応じて柔軟な働き方を選択することが極めて難しく、基本的には、好むと好まざるとにかかわらず、仕事をするしかない人生です。

小泉改革が進展する過程で男性の「就業第一主義」が徹底化

1990年代、日本では、バブルの崩壊(1991~1993)、アジア通貨危機(1997)などを背景に長期の不況が始まりました。

閉塞感が社会に広がるなか、2000年初めに小泉構造改革が始まり、「聖域なき規制緩和」のかけ声のもと企業の労務管理も厳しさを増し、

男性の雇用も不安定化していきます。

実は小泉改革の前、1990年から93年までの間、「過労死時間」といわれる週60時間の境を超えて働く男性の割合が下がり始めていたのです。

また、政策要求も活発で、1980年代から90年代にかけて「男性にも育児時間を!」の運動が功を奏し、男性が家庭に戻れる土壌が整い始めていたのです。

しかしながら、小泉構造改革を契機に、90年代後半以降、長時間労働の男性の割合は上昇に転じ、2010年前後はピークに達します。

グローバル化を生き抜くため、「生産的な男性」を求めるマッチョイムズの風潮が強まり、男性の家庭回帰は幻と化してしまいました。

 

仕事より大切なものがあるのか?!

2016年12月22日の朝日新聞の「声」欄に、47歳会社員の男性から『子どもの成長みられないのは異常』と題してこんな声が寄せられていました。

「私は決して子育てに無関心なわけではない。好んで残業しているわけではない。その逆である。

ところが、私が子どもと接するのは朝のほんの1時間。帰宅時には子どもは寝ている。妻も疲労で一緒に寝てしまっている。・・・

息子はもう2歳半。これまで言えなかった言葉を言えたり、できないことができるようになったりしていて驚く。

そのように成長していく過程をつぶさに見られないのは、異常ではないだろうか。

子どもはもう一人欲しいが、今の労働環境では不可能だ。仕事を辞めるのは大きなリスクを背負うが、

子どもの面倒をろくに見られない日々が過ぎてゆくのはもう我慢できない。

会社は長期休暇など認めるはずもない。定時退社もありえない。いましかできない子どもとの貴重な時間を過ごすため、どうしようかと真剣に悩んでいる。」

 

仕事より私事優先を罰する風土

この男性が言うように、男性が家事育児を優先できないのは、日本の会社は仕事より私事を優先する従業員を罰する傾向があるからです。

「子どもが熱を出したと保育園から電話があったので早退させてください」。

そんなことはとてもじゃないけど言わせない空気。

「育休を取得させてください」なんて願い出ようものなら……。

それはほとんど、「私は出世競争から離脱します」と宣言するようなもの。周囲に「アイツ、終わったな」と思われ、干されるのがオチです。

だから、育休を取る男性比率は、わずか2.7%にとどまっています。

男性が「つらさ」を感じるのは、たとえ小さな子どもがいる育児期であっても仕事を最優先させるしかないその生き方自体なのではないでしょうか。

「父親なんだから、可愛い盛りのわが子の一瞬一瞬の成長をこの目に焼き付けたい」、この人間として、親として当たり前の望みがかなえられない社会は

異常なのではないか、上記の男性の訴えに胸がつまります。

 

大黒柱であることのプレッシャー

このような社会は、過労死しようが、病気になろうが、とにかく男性が稼ぐしかない社会でもあります。

「大黒柱」であることへのプレッシャーが、男性の幸福度を下げる大きな要因になっていると考えられます。

自殺統計によると、日本における男女別の自殺者数は、昔から男性の方が高いのですが、

30年前は女性の1.5倍ほどでした。

それが、年を重ねるごとに自殺率が高まり、1998年ごろのバブル崩壊後は、女性の3倍近くにもなっています。

こうした背景には、男性に一方的に偏って家計責任があることが指摘されています。

このように見てくると、「女性の社会進出」は、女性のためだけのものではなく、男性のためでもあるということです。

女性も社会進出して家計の負担を担うようになれば、男性の家計負担は軽減され、人生の選択肢を増やすことが可能になります。

仮に夫が突然病気になったりリストラにあっても、妻は「大丈夫よ、その私が間なんとかするから」と言って、

ゆっくり療養してもらったり次の仕事を探してもらうことができます。

大黒柱1本あれば大丈夫だった時代は終わり、いまや柱2本でようやく一家を支えられる時代。

だから、「(将来の)妻には働き続けてもらわねば」と思う独身男性も増えてきています。

男の「つらさ」を少しでも軽減するための生きる知恵といえるでしょう。

 

【参考文献】
おおたとしまさ ルポ父親たちの葛藤:仕事と家庭の両立は夢なのか PHPビジネス新書 2016